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   螺旋 6   


螺旋です。
やっと話が動いた感じですかね。




目の前で黒ヤギの絵が描かれた琺瑯のマグでブラックコーヒーを飲む蓮を見つめながら、キョーコは白ヤギが描かれたお揃いの琺瑯のマグでカフェオレを飲んだ。

それは蓮の部屋で、2人でネットサイトを見ながら選んだものだ。

蓮の家でキョーコが手料理を振る舞う。
蓮はキョーコが作ったものを美味しいと言い、何を作っても喜んで食べてくれる。
苦手な食材なんて無いなんて言いながら、本当は嫌いな野菜に目を泳がせる癖も、それを知っているキョーコが食べやすいように下ごしらえした料理を口に運んで、言外に『意外に美味しい』と片眉をピクリと上げる癖もキョーコは知っている。
自分だけが気づいて知っている仕草を見るにつけ、ほよほよと口元が弧を描いて笑いそうになるのを必死に堪えた。

そんな蓮との楽しい食事の後、キッチンで2人で並んで後片付けをするのもキョーコにとっては楽しい時間だった。
美味しい食事を作ってもらったのだから後片付けは自分がすると言う蓮に、2人でやった方が早いからと、何だかかんだ理由を付けてはシンクの前に蓮と並んでキョーコは立つ。

キョーコが洗剤をすすいだ食器を蓮が受けとり、拭いて重ねていく。
それがいつもの光景だった。

ある時、キョーコが洗ったマグカップを蓮が取り損ねてそのまま床に落としてしまった。
あ、と思った時にはカシャンと儚い音が鳴っていた。

「ごめんなさい!私が渡しそこねちゃったから…」
「俺が受け取り損ねたのが悪いんだから最上さんは気にしないで。それより割れた破片で怪我はしなかった?」
「怪我は大丈夫です。それより…マグカップ、見事に割れちゃっいましたね」

それはバラエティ番組の収録で使ったものだった。
北欧雑貨のコーナーで紹介した雑貨を、出演した女性タレントと一緒に可愛いとはしゃいでいた所を、収録を見守っていた輸入雑貨の広報担当者がそんなに気に入ってくれたならばとプレゼントしてくれた。

「ごめん。最上さんこのマグとても気に入っていたよね。後で同じものをプレゼントさせてくれる?」
「そっそんな気にしないでください。確かにデザインは気に入ってましたけど、私には少し大きくて重かったですし…その、ほんと大丈夫です」
「でも俺の気が済まないから。よし、それじゃあ早く後片付けをして新しいマグを選ぼう。俺は割れたマグを片付けるから、最上さん悪いけど皿洗い1人でお願いしてもいい?」
「はっはぁ…」

手際よく後片付けを済ませた蓮はリビングでノートパソコンを起動させると、ショッピングサイトを開いた。
そんなに気にしないでいいのにと、キョーコは恐縮気味に蓮の傍に寄る。

「…ごめんね。本当は一緒に雑貨屋とかに行って選んであげたいんだけど」
「そんな事をしたらお店がパニックに陥ります!」

蓮とデート。
本当はしてみたい。一緒に2人で街を歩いてウィンドウショッピングをしたり、カフェでお茶をしてみたり。

でも

人気芸能人の蓮が人混みの中でばれない訳が無い。

それ以前に、自分は蓮の彼女ではないのだ。そんな甘い幻想はこの部屋で夜、蓮に抱かれている間だけのもの。
眠りに落ちる瞬間、同じ名前の別の女性を呼ぶ声と共に儚く消えてしまうのだから。

そんな事を想いながら、ぼうっとパソコンの画面を眺めていたキョーコの目に、1つのマグカップが目に入った。

「あ、かわいい」
「羊?」
「山羊ですよ。かわいい!赤いリボンまで巻いてます!」
「じゃあこれにしようか。白ヤギが最上さんので、黒ヤギが俺のマグにしよう」
「ええっ?おっお揃いですか?」

大きな目をぱちくりとさせているうちに、2つのマグカップを選んで、買い物かごへと入れていく。

「でもかわいい絵柄ですよ?何だか敦賀さんには似合うような似合わないような…変な感じです」
「そう?でも1つ…一匹だと寂しそうじゃない?やっぱり俺の分も揃えさせてよ。ね?」
「むむぅ・・・」
「それに琺瑯ならうっかり落としても、絶対に割れないよ」


キョーコは困ったように眉を下げて、でも頬を朱に染めて俯いた。


割れない、壊れない。


この先蓮とキョーコの間にどんな事があっても、例え関係が変わったとしても蓮との繋がりは壊れないと言われた気がした。
それに蓮にはに到底似合わないマグカップの可愛い絵柄も、キョーコに合わせてくれたと思うと、それだけで心がぽかぽかと温かくなるほどに嬉しい。

それなのに

一緒のベッドに眠るたびに、『きょーこちゃん』と囁く声に心が凍えそうになる。
そして悲しみを抱えて迎える朝が苦しくて仕方ない。

それでも

お揃いのマグを持って微笑む蓮を見るたびに、やっぱりこの人が好きだと思う。

心が捩れるほどに、「好き」と言えたらと思う。
でも、そのたった一言で、全てが終わってしまう。

偽者でも構わない。
もしかしたら絆されてくれるかもしれない。何かの拍子に自分を好きになってくれる日が来るかもしれない。
キョーコは淡い淡い期待を抱いて自分の髪を愛おしそうに撫でる蓮に気付かれないよう、そっと薄目を開けて覗き見る。

「俺のそばに居て…。愛してる。キョーコちゃんだけをずっと愛してる。もう、離れて行かないで……」

まだダメだ。私を通して敦賀さんが見ているのは『きょーこちゃん』であって、私じゃない。

落胆し、瞼を閉じて無理矢理夢の中に引き籠る。

もう片手では足りない位に体を重ねたというのに。
あとどれくらい体を繋げたら心も繋がるのだろうか。

そんな堂々巡りの日々に淡い期待は段々と色褪せて行く。

こんな関係になる前には確かにあったはずの鮮やかな景色も、今は輪郭もおぼろげだ。


そしてあの日、偽者は本物に勝てない事を思い知った。


**


「そう言えば蓮、きょうこさんが帰って来るのって今週末だったよな?」

キョーコが蓮と社にお弁当を差し入れしようと、テレビ局の楽屋のドアをノックしようとしたその時、その話を耳にしてしまった。
まるでキョーコに聞かせるためにタイミングを見計らったかのように。

ノックをしようと結んでいた掌は行き場をなくした。

「ええ。夕方到着の便だと一言、昨日連絡がありました。迎えに来いって事ですよ。全くあの人は」
「きょうこさんらしいな。大丈夫、その日は午後から予定は開けてあるよ」
「ありがとうございます。でも社さん、『きょーこちゃん』と呼ばないと怒られますよ?それこそ烈火の如く」
「容赦無いもんなぁ。出迎えに花束でも用意しておこうか?」
「そうですね。あの人に似合う紅いの薔薇の花束を持って迎えに行きますか」


敦賀さんの『きょーこちゃん』が帰ってくる。


締め付けられる胸がギシギシと痛んで、キョーコは固く目を閉じた。

耳を塞ぎたいけれど、そんな事をしたら手に持ったお弁当を落としてしまう。
敦賀さんに会いたくて、敦賀さんの笑顔が見たくて、敦賀さんに美味しよって言って欲しくて、朝から浮かれて作ったお弁当が私の邪魔をする。
…ううん。邪魔じゃなくて夢から醒める手伝いをしてくれてるのかな。

お前に出来る事は、敦賀さんが万全な体調で仕事に打ち込めるようサポートする事だと。
『きょーこちゃん』の代わりに敦賀さんを支える事だと。
本物の『きょーこちゃん』が帰ってくるのだから、代用品などもう必要ないのだと。

キョーコは自嘲するように笑った。

社さんが『きょーこさん』って言うんだから、きっと大人の女性なんだろうな。
そして忙しい敦賀さんがわざわざスケジュールを空けて、花束を抱えて迎えに行くほど…愛している人。
こんな冴えない私が『きょーこちゃん』にとって代わろうなんて、身の程知らずもいいところだったのだろう。

いつか醒める夢だって分かってたつもりなのに。
醒めない夢なんて無い事くらい分かっていた筈なのにね。


両手で持っていたお弁当をぎゅっと抱き締めて大きく深呼吸をする。
そしてキョーコはゆっくりと目を開け、蓮の楽屋からそっと立ち去った。



続く



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